長崎県の歴史スポット
長崎県ってどんな場所?
長崎県は、鎖国下の唯一の対外貿易港・出島として海外文化を受容し、島原の乱のキリシタン史と近代の造船・軍艦島が重なる県です。大浦天主堂・グラバー邸、五島列島の潜伏キリシタン遺産を21市区町村で確認できます。
長崎県の歴史景観は、出島貿易・キリシタン信仰・近代軍港造船・多島海景観という四層が長崎港と島しょ部で異なる形で展開します。出島は1636年〜1859年に唯一の対外貿易窓口として機能し、オランダ商館の建物が一部復元整備されています。島原の乱(1637〜38年)は九州のキリシタン・農民が一揆を起こした事件で、原城跡が世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産です。長崎は幕末・明治期に三菱造船所が設立された工業拠点で、ジャイアントカンチレバークレーンなどの産業遺産が現存します。軍艦島(端島)は明治期の海底炭鉱開発による人工島で、廃墟化した集合住宅群が世界遺産に登録されています。
近くのスポット
長崎県周辺で巡れる歴史スポットです。

オランダ坂
おらんだざか
オランダ坂は、長崎県長崎市東山手の旧居留地時代につくられた石畳の坂道・石段。オランダ坂の名称は、かつては大浦や東山手、南山手といった旧居留地の石畳が敷かれた坂道の総称であったが、現在は長崎市の公式観光サイトの記述によれば「誠孝院前の坂」、「...

壱岐市立一支国博物館
いきしりついきこくはくぶつかん
壱岐市立一支国博物館)は、長崎県壱岐市にある博物館。近傍にある「魏志倭人伝」に記された一支国の王都跡とされる原の辻遺跡や壱岐島内の遺跡に関する資料や出土品を収蔵展示している。長崎県全体の考古学研究の拠点として整備されたもので、壱岐島内に原の...

梶谷城跡
かじやじょう
梶谷城は、かつて肥前国松浦郡今福(現長崎県松浦市今福町東免)にあった城である。松浦市今福の集落から北東方向にある城山(じょうやま、標高197メートル)の山頂部に築かれた山城。本丸跡からは玄界灘から伊万里湾まで一望できる。城跡は「松浦党梶谷城...

眼鏡橋(諫早公園)
めがねばし
眼鏡橋は、長崎市の中島川に架かる石造二連アーチ橋である。架橋時、琉球王国だった天女橋を除くと、日本初の石造りアーチ橋である。1960年(昭和35年)に国の重要文化財に指定された。橋の長さは22メートル、幅3.65メートル、川面までの高さは5...

旧ウォーカー住宅
きゅうふぉーかーてい
ウォーカー商会を設立したロバート・ネール・ウォーカーJrの旧邸。4つの部屋がある。もとは大浦天主堂のそばに建てられていた。

旧オルト住宅
きゅうおるとじゅうたく
居住者のウィリアム・ジョン・オルト(William J. Alt)は安政年間(1859年頃)に長崎に来訪したイギリス人商人で、文久年間から慶応年間(1860年代)にかけて、南山手と大浦に製茶所をもっていた。『外国人名員数書』という史料による...

旧グラバー邸
きゅうぐらばーてい
居住者のトーマス・ブレーク・グラバー(Thomas Blake Glover、 1838年 - 1911年)はイギリス人商人で、安政6年(1859年)の長崎開港直後に来日。造船と採炭の技術を日本にもたらした。彼はグラバー商会を設立して茶や絹...

旧リンガー住宅
きゅうりんがーじゅうたく
居住者のフレデリック・リンガー(Frederic Ringer、 1838年 - 1907年)はグラバー商会の幹部として元治元年(1864年)頃に長崎に来訪。明治元年(1868年)にはホームという人物とともに大浦にホーム・リンガー商会を設立...

旧長崎医科大学門柱(長崎原爆遺跡)
ながさきげんばくいせき
長崎原爆遺跡は、長崎県長崎市にある、同市に投下された原子爆弾の被害を伝える遺跡群。国の史跡に指定されている。2013年(平成25年)8月1日に「長崎原爆遺跡(旧城山国民学校校舎)」など4件が国の登録記念物に登録された。2016年(平成28年...

旧長崎英国領事館
きゅうながさきえいこくりょうじかん
旧長崎英国領事館は長崎県長崎市にある歴史的建造物。国の重要文化財。この場所には1862年にデント商会が商館を建設し、1867年に同商会が倒産すると、イギリス(英国)がその商館を領事館建物として借り受けた。1886年に英国領事館が従来の東山手...

旧長崎刑務所 正門跡
きゅうながさきけいむしょ
旧長崎刑務所は、長崎県諫早市において使われていた刑務所。赤レンガ造りで1992年まで使われていた。千葉、金沢、奈良、鹿児島の監獄とあわせて五大監獄と呼ばれていた。

旧長崎高商表門衛所
きゅうながさきこうしょうひょうもんえいしょ
長崎高等商業学校(現・長崎大学経済学部)創立時の建物。外側は洋風だが中は畳敷きである。
