富山県の歴史スポット
富山県ってどんな場所?
富山県は、立山連峰と富山湾の扇状地地形が顕著で、越中富山の薬売りが全国流通網を形成した県です。高岡の城下町・工芸産地、黒部峡谷の開発史、近代工業の集積を15市区町村で確認できます。
富山県の歴史景観は、加賀藩支城・薬売り流通網・近代工業化・ダム建設という四層が扇状地と山岳部で異なる形で展開します。高岡城下は加賀藩の支城として前田利長が整備し、現在も城址公園と武家地の地割が残ります。越中富山の売薬業は江戸期に全国規模の配置薬流通として発展し、富山市に薬種問屋街が形成されました。高岡の銅器・漆器は中世から続く伝統工芸として生産が継続しています。黒部川は大正・昭和期に電力開発が進み、黒部ダム建設は近代土木の象徴となりました。
近くのスポット
富山県周辺で巡れる歴史スポットです。

阿尾城跡
あおじょう
阿尾城は、富山県氷見市阿尾字島尾にある日本の城跡。富山湾に面した独立丘陵の城ケ崎に築かれた戦国時代の山城である。能登へ向かう街道と海上交通をおさえる要衝に位置し、戦国末期の城主として肥後菊池氏の末裔である菊池武勝・安信親子が知られる。菊池武...

安田城跡
やすだじょう
安田城は、越中国婦負郡安田(現在の富山県富山市婦中町安田)にあった戦国時代末の日本の城(平城)。存城期間が短かったため後世の改変がなく、当時の遺構をほぼそのまま残す全国的にも貴重な城跡である。天正13年(1585年)、豊臣秀吉が富山城に拠る...

井波城跡
いなみじょう
井波城は、富山県南砺市井波に在った日本の城。八乙女山の裾(標高143メートル)に築かれた平山城。本願寺勢力下の瑞泉寺(市指定史跡)によって建てられた城郭伽藍で、城域は東西250メートル、南北230メートル。三つの曲輪を有し、中央部には枡形虎...

魚津埋没林博物館
うおづまいぼつりんはくぶつかん
魚津埋没林博物館は、富山県魚津市釈迦堂にある公立博物館。国の特別天然記念物に指定されている魚津埋没林の展示と、富山湾に現われる蜃気楼の紹介を行っている。1930年(昭和5年)魚津港浚渫工事中に大量の樹根が出土し、これらが1936年(昭和11...

古国府城
ふるこくふじょう
古国府城は、富山県高岡市伏木古国府に在った日本の城。如意城(にょいじょう)とも言う。天正年間、守山城主神保氏張によって築かれたと言われているが、それ以前から存在した可能性もある。その名の通り越中国府跡であった。国府の全容は明らかになってはい...

高岡御車山会館
たかおかみくるまやまかいかん
高岡御車山会館は、富山県高岡市守山町にある、祭礼及び山町の由緒と歴史を辿る山車会館。山車7基の内の1基と、御車山会館の建設と合わせ展示用に制作された実物大のレプリカ 「平成の御車山」1基が常設展示されている。メインの円筒形の吹き抜け展示室に...

高岡城跡
たかおかじょう
高岡城は、富山県高岡市古城(旧越中国射水郡関野)にあった日本の城(平城)。殿閣は先代利家が豊臣秀吉から賜った豊臣秀次失脚に伴い破却された伏見城秀次邸の良材を使って建てられたとも伝えられる。しかし、1614年(慶長19年)5月20日に利長は死...

高瀬遺跡
たかせいせき
高瀬遺跡は、富山県南砺市高瀬にある遺跡。1970年(昭和45年)富山県西南部、八乙女山山麓に展開する砺波平野の複合扇状台地の高瀬地区で、水田整備事業中に発見された床張りの掘立柱建物の遺構を中心とする遺跡で、翌1971年(昭和46年)に発掘調...

松倉城
まつくらじょう
松倉城は、越中新川郡松倉村(現在の富山県魚津市)にあった日本の城(山城)である。1335年(建武2年)頃の築城と言われている。城主は普門利清、桃井直常と移り、南北朝時代のあとは椎名氏の居城として、越中東部の政治・軍事の中心として栄えた。豊富...

上見城址
うわみじょう
上見城は、富山県南砺市上見に在った日本の城。天正年間(1573年 - 1591年)に篠村太左エ門が拠ったと伝わるが、築城年代や廃城年代は不明。篠村氏は飛騨国帰雲城城主内ヶ島氏の家老で飛騨国荻町城城主だった山下氏と血縁関係が有ったと云われてお...

城生城跡
じょうのうじょう
城生城は、富山県富山市八尾町城生字城鉄炮町にあった日本の城。越中国婦負郡南部を支配した斎藤氏の居城である。南北朝時代に斎藤左衛門大夫入道常喜が北朝方に属して功を挙げ、足利尊氏より越中国楡原保を与えられた(『仁和寺文書』)のが史料における斎藤...

森寺城跡
もりでらじょう
森寺城または湯山城は、富山県氷見市森寺城山に存在する戦国時代の日本の城(山城)。史料上では「湯山城」の名で登場し、能登守護・畠山氏により16世紀前半に築かれたとされる。16世紀後半の1576年(天正4年)には、越中に進出した越後の上杉謙信方...
