新宿は、"新しい宿"だった。のカバー写真

新宿は、"新しい宿"だった。

内藤新宿の起源をたどる 約2km

  • 歩行 約27分
  • 2.2km
  • 6スポット

スタート:四谷大木戸跡(時間は歩行の目安。見学を含めると余裕をみて)

このツアーの問い

新宿は、どうやって"新しい宿"になったのか?

このツアーについて

日本でいちばん人が行き交う駅、新宿。その名前の由来を、考えたことはあるでしょうか。 「新宿」——新しい宿。では、いったい何に対して“新しい”のか。その答えは、いまから300年あまり前、この場所に開かれた一つの宿場にさかのぼります。 このツアーは、繁華街のすぐ足もとに埋もれた「内藤新宿」の記憶をたどって、四谷から新宿三丁目へと歩きます。江戸のはずれの小さな宿場が、どうやって日本一の街になっていったのか。その原点を、たどってみましょう。

ルート

1 四谷大木戸跡2 新宿御苑(内藤家下屋敷跡)3 太宗寺4 成覚寺5 新宿追分6 花園神社
  1. 01

    第1章

    江戸のいちばん西の、玄関口

    四谷大木戸跡

    新宿通りのただの交差点。でもここは江戸の西の関所であり、江戸を潤した玉川上水の終点でした。宿場が生まれる舞台です。

    徒歩約5分・約369m

  2. 02

    第2章

    "内藤"新宿の、"内藤"はだれか

    新宿御苑(内藤家下屋敷跡)

    広大な新宿御苑は、もとは信州高遠藩・内藤家の屋敷でした。この土地が、新宿誕生の鍵をにぎっています。

    徒歩約9分・約713m

  3. 03

    第3章

    殿さまの菩提寺と、江戸の地蔵

    太宗寺

    内藤家の菩提寺・太宗寺。江戸六地蔵の一つや閻魔像が、宿場の信仰を今に伝えています。

    徒歩約2分・約149m

  4. 04

    第4章

    宿場の、語られない側

    成覚寺

    にぎわう宿場の陰で。成覚寺は、内藤新宿で亡くなった飯盛女たちを弔った寺です。

    徒歩約6分・約448m

  5. 05

    第5章

    二つの街道が、分かれる場所

    新宿追分

    いまの新宿三丁目交差点は、甲州街道と青梅街道の分岐点「新宿追分」。宿場の中心であり、繁栄の核でした。

    徒歩約6分・約472m

  6. 06

    最終章

    宿場から、新宿へ

    花園神社

    新宿の総鎮守・花園神社。宿場の時代から現代まで、新宿の移り変わりを見守り続けてきた社です。

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