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第2章

"内藤"新宿の、"内藤"はだれか

新宿御苑(内藤家下屋敷跡)

大木戸のすぐ西に、緑ゆたかな新宿御苑が広がっています。いまは誰もが憩う庭園ですが、江戸時代、ここには信州高遠藩の藩主・内藤家の広大な下屋敷がありました。 話は徳川家康の江戸入りまでさかのぼります。家康に仕えた内藤家は、この一帯に屋敷地を与えられました。甲州街道と青梅街道が分かれる交通の要所を押さえる、大切な土地だったのです。 やがて時代が下り、元禄のころ。あまりに広いこの屋敷地の一部が、幕府に返上されることになります。そして——その返上された土地に、新しい宿場が開かれることになるのです。 「内藤新宿」の「内藤」は、この内藤家のこと。地名の半分の正体が、いま目の前にあるこの庭園の、もとの主なのです。

御苑をあとに、宿場の通り(いまの新宿通り)を西へ。次は、内藤家の菩提寺・太宗寺です。

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