第4章
宿場の、語られない側
成覚寺
太宗寺のほど近くに、成覚寺があります。にぎやかな宿場の物語の、あまり語られない側を伝えるお寺です。
内藤新宿は、正式な宿場であると同時に、幕府非公認の遊里——岡場所としても大いに栄えました。宿には「飯盛女」と呼ばれる女性たちが数多く抱えられ、宿場のにぎわいを支えていました。表向きは給仕、実際には遊女に近い立場で、身売り同然に働かされた人も少なくなかったと伝えられています。
成覚寺は、そうした女性たちが亡くなったとき、弔われた寺です。身寄りもなく葬られたことから「投げ込み寺」とも呼ばれました。境内には、彼女たちを供養する碑が残されています。
きらびやかな宿場のにぎわいは、こうした名も残らない人々の人生の上に成り立っていた。新宿の歴史には、光と、その分だけの影があります。
宿場の光と影を胸に、いよいよ宿の中心へ。甲州街道と青梅街道が分かれる、新宿追分に向かいます。
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