
- 歩行 約51分
- 4.1km
- 6スポット
スタート:三軒茶屋 大山道道標(時間は歩行の目安。見学を含めると余裕をみて)
このツアーの問い
江戸の人々は、なぜ大山を目指したのか?
このツアーについて
三軒茶屋。若者でにぎわう、東京でも人気の街です。でも、その名前の意味を考えたことはあるでしょうか。「三軒の、茶屋」。いったい、なんの茶屋だったのか。 その答えは、江戸時代、この場所を通っていた一本の道にあります。大山道(おおやまみち)。江戸の庶民が、はるか神奈川の霊峰・大山を目指して歩いた、参詣の道です。ある年には、年間20万人もが大山を目指したといいます。 このツアーは、その大山道を、三軒茶屋から西へたどります。信心半分、行楽半分。江戸の人々が浮き立つ気持ちで歩いた道は、いまの街のかたちに、どんな跡を残しているでしょうか。
ルート
- 01
第1章
三軒の茶屋は、分かれ道にあった
三軒茶屋 大山道道標
三軒茶屋の名は、大山道の分かれ道(追分)に3軒の茶屋があったことに由来します。いまもその分岐に、古い道標が立っています。
徒歩約1分・約110m
- 02
第2章
道中に、青い目のお不動さん
教学院(目青不動)
三軒茶屋にある目青不動は、江戸五色不動の一つ。大山は不動信仰の山でもあり、道中の人々はお不動さんに旅の無事を祈りました。
徒歩約31分・約2508m
- 03
第3章
旅人が通った道の、市
ボロ市通り
三軒茶屋から続く旧大山道は、世田谷の宿場町へ。この道は今も「ボロ市通り」と呼ばれ、400年以上続く市が立ちます。
徒歩約3分・約223m
- 04
第4章
街道の町を、治めた代官
世田谷代官屋敷
大山道沿いの世田谷を治めたのが、代官・大場家。その屋敷が、都内で唯一残る大名領の代官屋敷として、いまも残っています。
徒歩約10分・約765m
- 05
第5章
土俵のある、街道の鎮守
世田谷八幡宮
世田谷八幡宮は、平安時代に源義家が創建したと伝わる世田谷の総鎮守。奉納相撲で知られ、境内には今も土俵があります。
徒歩約6分・約487m
- 06
最終章
招き猫は、ここで手を招いた
豪徳寺
豪徳寺は彦根藩井伊家の菩提寺。無数の招き猫で知られ、井伊直弼も眠ります。街道の町・世田谷が抱えた、もう一つの物語です。
