
- 歩行 約34分
- 2.8km
- 6スポット
スタート:赤門(旧加賀屋敷御守殿門)(時間は歩行の目安。見学を含めると余裕をみて)
このツアーの問い
この最高学府は、もとは誰の屋敷だったのか?
このツアーについて
東京大学、本郷キャンパス。日本の最高学府として知られるこの場所に、一日にどれだけの人が行き交うでしょう。 でも、赤門をくぐるその足もとに、かつて“加賀百万石”と呼ばれた大大名・前田家の広大な屋敷が広がっていたことを、意識する人は多くありません。東京ドーム7個分を超えるという敷地。江戸で指折りの大名屋敷は、いったいどこへ消えたのか。 このツアーは、赤門から三四郎池へ、大学のなかに埋もれた“加賀屋敷”の名残をたどって歩きます。大名の庭が、学生の憩いの池になるまで。街のかたちが覚えている、その長い時間を訪ねてみましょう。
ルート
- 01
第1章
将軍の娘を、迎えた門
赤門(旧加賀屋敷御守殿門)
東大の赤門は、ただの正門ではありません。加賀藩が将軍家から姫を迎えるために建てた、大名屋敷の御殿門です。
徒歩約5分・約423m
- 02
第2章
門の外の、庶民の坂
菊坂
赤門の格式とは対照的に、坂を下れば庶民の町。菊坂は、樋口一葉が暮らした本郷の暮らしの場でした。
徒歩約11分・約855m
- 03
第3章
屋敷が、最高学府になった
安田講堂
銀杏並木の先にそびえる安田講堂。この一帯まるごとが、かつて加賀前田家の屋敷でした。
徒歩約2分・約129m
- 04
第4章
大名の庭が、池になって残った
三四郎池
木々にかこまれた三四郎池。実はこれ、加賀前田家の大名庭園の名残です。
徒歩約11分・約902m
- 05
第5章
外国人が、上り下りした坂
異人坂
弥生の台地の縁に、異人坂という坂があります。名の由来は、大学が明治に招いた外国人教師たちでした。
徒歩約6分・約444m
- 06
最終章
町の名が、時代の名になった
弥生式土器発見の地
「弥生時代」——その名は、この本郷弥生町から生まれました。日本の歴史区分が、この地名に由来しているのです。
