第5章
外国人が、上り下りした坂
異人坂
キャンパスの北、弥生の台地の縁に出ると、根津の谷へ下っていく坂があります。異人坂(いじんざか)。ちょっと変わったこの名前には、大学の歴史が刻まれています。
明治のはじめ、生まれたばかりの東京大学は、進んだ学問を教えるために、多くの外国人教師を“お雇い外国人”として招きました。その官舎が、この坂の上にあったのです。坂の上に住む外国人たちが、不忍池や上野公園へ散歩するとき、この坂を上り下りしました。当時、外国人はまだ珍しい存在。人々はいつしか、彼らがよく通るこの坂を「異人坂」と呼ぶようになりました。
お雇い外国人のなかには、日本の医学の礎を築いたドイツ人医師ベルツのような人物もいました。かつて大名が治めた土地に、今度は世界中から知識が集まってくる。屋敷が大学になったことで、この街は、世界とつながる場所へと変わっていったのです。
坂の上から、根津の谷を見下ろしてみてください。
最後に、もう一つ。この弥生という町の名が、実は“日本のある時代”の名前になった——その現場へ向かいます。
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