街を歩いて歴史を読む。地形・道・痕跡から、その土地の物語を掘り起こします。

険しい山に霊場を求めた空海の選択 高野山への参詣路を歩く前に、一つの問いを持って出発したいと思います。なぜ空海は、これほどまでに険しい紀伊山地の奥深くを真言密教の根本道場に選んだのでしょうか。平安京から直線距離で約100キロ、標高800メートルを超える山上の盆地に至る道のりは、現代でも容易ではありません。ましてや1200年前、道路整備もままならない時代に、この地を霊場とした空海の判断には、単なる地

桜島を背負った日本有数の近代工業施設群 鹿児島中央駅から桜島方面に向かうバスに揺られていると、やがて錦江湾越しに桜島の雄大な姿が見えてきます。その手前、磯海岸沿いに建つ石造りの建物群が目に入る瞬間、多くの人は気づかないかもしれません。ここが日本の近代工業の出発点の一つだったということを。 幕末の薩摩藩主島津斉彬が1850年代に推進した集成館事業は、単なる軍事工場建設を超えた壮大な構想でした。反射炉