街を歩いて歴史を読む。地形・道・痕跡から、その土地の物語を掘り起こします。

日比谷や有楽町、皇居南側の一帯は、かつて海が入り込んだ地形だったと考えられています。一般に「日比谷入江」と呼ばれるのは、この地域に存在した入り江です。江戸初期の都市整備に伴って埋立が進み、いまでは海そのものは見えませんが、皇居外苑の濠や周辺の地形、発掘調査の成果を手がかりに、その
羽村から四谷まで——43キロの「水の道」が刻んだ都市史 四谷見附跡に立つと、かつてここまで多摩川の水が流れていたことを想像するのは難しい。しかし江戸時代、羽村取水口から四谷大木戸まで43キロメートルにわたって引かれた玉川上水は、単なる水道施設ではありませんでした。この人工の水路は、江戸の都市拡大と暮らしを支え、現在の東京にも水道史の痕跡を残しています。 玉川上水は、羽村取水堰から四谷大木戸まで約4