街を歩いて歴史を読む。地形・道・痕跡から、その土地の物語を掘り起こします。

険しい山に霊場を求めた空海の選択 高野山への参詣路を歩く前に、一つの問いを持って出発したいと思います。なぜ空海は、これほどまでに険しい紀伊山地の奥深くを真言密教の根本道場に選んだのでしょうか。平安京から直線距離で約100キロ、標高800メートルを超える山上の盆地に至る道のりは、現代でも容易ではありません。ましてや1200年前、道路整備もままならない時代に、この地を霊場とした空海の判断には、単なる地

目黒区上目黒の住宅街を歩いていると、突然視界に小さな山が現れます。上目黒氷川神社には、かつて目切坂上にあった「目黒元富士」に由来する石祠や講碑が残り、現在は昭和50年頃に整えられた「目黒富士登山道」から浅間神社へ登拝できます。富士塚とは、富士山への参詣が困難な江戸の庶民たちが、身近な場所に富士山を模して築いた信仰の山のこと。しかし、なぜ数ある富士塚の中でも目黒富士は特別な存在とされるのでしょうか。