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第5章

「三原橋」は、どこにある?

三原橋跡

このあたりまで来たら、街のなかから「三原橋」という名前を探してみてください。 交差点の標識や、通りの名として、その名はきっと見つかります。けれど、肝心の橋は、どこにもありません。もちろん、川も。 かつてここには、三十間堀を渡る三原橋が架かっていました。堀が埋め立てられると、橋もまた、静かに姿を消していきました。 街のかたちは、すっかり変わってしまった。それでも、名前は残った。 だからこそ、いまの銀座では、地名や交差点の名が、消えた地形をたどるための小さな道しるべになります。ツアーのはじめに出会った「京橋」で感じたことが、この場所でも、もう一度くり返されているのです。

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1849年(嘉永2年)の切絵図。三十間堀と、そこに架かる橋(三原橋を含む)が描かれています。いまは名前だけが残る橋の、水の上にあった頃の姿です。

1849年(嘉永2年)の切絵図。三十間堀と、そこに架かる橋(三原橋を含む)が描かれています。いまは名前だけが残る橋の、水の上にあった頃の姿です。

出典:江戸切絵図『築地八町堀日本橋南絵図』(尾張屋清七, 1849年)/人文学オープンデータ共同利用センター(原資料:国立国会図書館デジタルコレクション・保護期間満了)

見たら、画面から目を上げて、いま立っている同じ場所を見くらべてみてください。

最後は、名前ではなく「物そのもの」が残る場所へ向かいます。

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