最終章
焼けても、水辺に祈りは続く
武蔵国分寺薬師堂

最後に訪ねるのは、武蔵国分寺の薬師堂です。
国家の願いをこめて建てられた武蔵国分寺でしたが、その建物は永遠ではありませんでした。元弘3年(1333年)、鎌倉へ攻め上る新田義貞の軍勢がこのあたりで戦い(分倍河原の戦い)、その戦火で、奈良時代以来の壮大な伽藍は焼け落ちてしまったと伝わります。
それでも、この地の祈りは絶えませんでした。焼失ののち、建武2年(1335年)、新田義貞の寄進によって薬師堂が再建されたと伝えられています。いまある建物は、のちに建て替えられ、崖線のふもとの木立のなかに、静かにたたずんでいます。
1300年前、水のあるこの地に、国の寺が建った。寺は焼けても、人はまたこの水辺に堂を建て、祈りをつないできた。いま私たちの目の前にあるのは、その長い時間の、いちばん新しい一枚の姿です。
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2km、水が呼んだ、1300年の寺
- 崖の下から湧く水をたどって、奈良時代の国分寺跡まで歩いてきました。
- この街のいちばん大切な場所は、いつも水のそばにありました。
- はけの湧水は、いまも変わらず流れ続けています。
ここが、このツアーの最後の場所です。
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