第4章
丸の内は、ここから始まった
三菱一号館
赤レンガの瀟洒な建物、三菱一号館です。いまは美術館になっていますが、この建物こそ、丸の内という街の“はじまり”を語る一棟です。
時は明治。いまの丸の内一帯は、もとは大名屋敷が並んでいた土地で、明治のはじめには陸軍の練兵場になり、「三菱ヶ原」と呼ばれる原っぱが広がっていました。その原野を三菱が買い取り、ロンドンのような煉瓦街をつくろうと計画します。その第一号として1894年(明治27年)に建てられたのが、この三菱一号館でした。
設計したのは、イギリス人建築家ジョサイア・コンドル。政府に招かれたお雇い外国人で、辰野金吾をはじめ日本の建築家たちを育てた、まさに「日本近代建築の父」です。つまり、東京駅を建てた辰野の“師匠”の作品が、弟子の駅のすぐそばに建っているのです。
いまの建物は、1968年に解体されたのち、2009年に当時の設計図をもとに忠実に復元されたものです。原っぱだった土地が、日本一のビジネス街になる——その出発点が、ここにあります。
明治の煉瓦から、昭和の風格へ。次は、様式建築の頂点とされる明治生命館です。
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