
武家屋敷跡
ぶけやしきどおり
武家屋敷通りは、鹿児島県南九州市知覧町郡にある道路。行政上の正式な路線名は、南九州市道城馬場線(しろばばせん)、通称・武家屋敷通り線という[1]。重要伝統的建造物群保存地区の中を東西に通る延長約0.8kmの侍町の通りであり、薩摩藩による藩政時代は、鹿児島への往来に使われた街道でもある。知覧は「薩摩の小京都」とも呼ばれている。徳川幕府時代、薩摩藩(島津77万石)は領地を外城と呼ばれる113の地区に分け、地頭や領主の屋敷である御仮屋を中心に「麓」と呼ばれる武家集落を作り、鹿児島に武士団を集結させることなく分散して統治にあたらせた。知覧もその外城の一つであり、薩摩藩の中でも重要な役目を果たした第十六代佐多久達の時代に島津姓の使用と私領地化が許され、城塁型の区画が形成された。現在に残る武家屋敷群は、第十八代知覧領主・島津久峰の時代につくられたもので、折れ曲がった本馬場通りに沿って連なる石垣と大刈り込みの生垣に当時の面影が残る。1981年(昭和56年)11月に、国の重要伝統的建造物群保存地区の選定を受けている。
場所
長崎県島原市
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