多聞城跡
たもんやまじょう
多聞山城は、奈良県奈良市法蓮町の現・奈良市立若草中学校の敷地にあった松永久秀、松永久通、塙直政の居城となった日本の城(平山城)。多聞城とも呼ばれる。松永久秀によって、眉間寺山と呼ばれていた標高115メートル、比高30メートルの山に築城された。城には多聞天を祀り多聞山城と呼ばれ、現在でも城跡の山は多聞山と呼ばれている。東に奈良への入り口である奈良坂を、更に南東に東大寺、南に興福寺をそれぞれ眼下に見る要地に位置し、大和支配の拠点となった。
近くの史跡
歩いて行ける順に並べています


