街を歩いて歴史を読む。地形・道・痕跡から、その土地の物語を掘り起こします。

桜島を背負った日本有数の近代工業施設群 鹿児島中央駅から桜島方面に向かうバスに揺られていると、やがて錦江湾越しに桜島の雄大な姿が見えてきます。その手前、磯海岸沿いに建つ石造りの建物群が目に入る瞬間、多くの人は気づかないかもしれません。ここが日本の近代工業の出発点の一つだったということを。 幕末の薩摩藩主島津斉彬が1850年代に推進した集成館事業は、単なる軍事工場建設を超えた壮大な構想でした。反射炉

郷中教育とは、薩摩藩で発達した独自の青少年教育制度です。鹿児島では『郷』という地域ごとに、藩士の子どもたちが年齢別の集団に分かれ、年長者が年少者を集団で指導していました。郷中教育は、薩摩本国で地域社会に根ざして行われた教育制度でした。 郷中教育とは、薩摩藩が独自に発達させた青少年教育制度で、年齢別の集団「郷中」を基盤として、年長者が年少者を指導する仕組みでした。江戸詰めの薩摩藩士にも薩摩の教育文化