街を歩いて歴史を読む。地形・道・痕跡から、その土地の物語を掘り起こします。

二つの都を持った武家政権 南北朝期、足利氏は京都に幕府を置きつつ、鎌倉を関東統治の拠点として再編していきました。なぜ足利氏は、前政権である鎌倉幕府の都をそのまま引き継いだのでしょうか。そして、この政治的継承は鎌倉という都市をどのように変容させたのでしょうか。 鎌倉は、源頼朝以来の武家政権を象徴する都市でした。足利氏はその権威を受け継ぎながら、禅宗文化と武家の伝統を組み合わせた統治を展開しました。

# 室町幕府が置いた鎌倉府——古都に残る東国統治の痕跡 ## 古都に刻まれた二つの武家政権 鎌倉を歩いていると、鶴岡八幡宮の朱塗りの社殿が目に入ります。源頼朝が築いた鎌倉幕府の象徴として知られるこの地は、実は室町時代にも東国統治の中心として機能していました。足利尊氏が1336年頃