街を歩いて歴史を読む。地形・道・痕跡から、その土地の物語を掘り起こします。

郷中教育とは、薩摩藩で発達した独自の青少年教育制度です。鹿児島では『郷』という地域ごとに、藩士の子どもたちが年齢別の集団に分かれ、年長者が年少者を集団で指導していました。郷中教育は、薩摩本国で地域社会に根ざして行われた教育制度でした。 郷中教育とは、薩摩藩が独自に発達させた青少年教育制度で、年齢別の集団「郷中」を基盤として、年長者が年少者を指導する仕組みでした。江戸詰めの薩摩藩士にも薩摩の教育文化

鎖国下で独自外交を貫いた薩摩の秘密 幕末の薩摩藩で育った樺山資紀は、後に海軍大臣として明治日本の海洋戦略を担った人物です。彼が青年期を過ごした鹿児島の街を歩くと、一つの疑問が浮かび上がります。なぜ薩摩藩は、徳川幕府の厳格な鎖国体制のもとでも、独自の対外ルートを維持し続けることができたのでしょうか。 鹿児島湾・桜島・城下町の位置関係は、薩摩藩の海上交通と対外窓口を考える手がかりになります。樺山資紀が