街を歩いて歴史を読む。地形・道・痕跡から、その土地の物語を掘り起こします。

桜島を背負った日本有数の近代工業施設群 鹿児島中央駅から桜島方面に向かうバスに揺られていると、やがて錦江湾越しに桜島の雄大な姿が見えてきます。その手前、磯海岸沿いに建つ石造りの建物群が目に入る瞬間、多くの人は気づかないかもしれません。ここが日本の近代工業の出発点の一つだったということを。 幕末の薩摩藩主島津斉彬が1850年代に推進した集成館事業は、単なる軍事工場建設を超えた壮大な構想でした。反射炉

鎖国下で独自外交を貫いた薩摩の秘密 幕末の薩摩藩で育った樺山資紀は、後に海軍大臣として明治日本の海洋戦略を担った人物です。彼が青年期を過ごした鹿児島の街を歩くと、一つの疑問が浮かび上がります。なぜ薩摩藩は、徳川幕府の厳格な鎖国体制のもとでも、独自の対外ルートを維持し続けることができたのでしょうか。 鹿児島湾・桜島・城下町の位置関係は、薩摩藩の海上交通と対外窓口を考える手がかりになります。樺山資紀が