街を歩いて歴史を読む。地形・道・痕跡から、その土地の物語を掘り起こします。

三つの大名家が重ねた都市の層 岡山城の天守閣から城下を見下ろすと、旭川が大きく湾曲しながら街を抱くように流れています。この川の流れこそが、岡山という都市の成り立ちを物語る最初の手がかりです。戦国時代末期、宇喜多秀家は多岐にわたる旭川の河道を利用し、城の北や東を守るように流れを整えながら、岡山城と城下町を築いていきました。その後、小早川秀秋が拡張し、池田氏が完成させた岡山城下町には、三つの大名家それ

## 常陸から秋田へ——移封が生んだ新しい都市構想 慶長7年(1602年)、関ヶ原の戦いで曖昧な態度を取った佐竹義宣は、54万石の常陸国から20万石の秋田へと移封を命じられました。この処分は一見すると大幅な減封に見えますが、義宣は単なる左遷として受け入れたのではありませんでした。