街を歩いて歴史を読む。地形・道・痕跡から、その土地の物語を掘り起こします。

新田義貞が駆けた分倍河原の古戦場 多摩川が決めた鎌倉幕府の運命 分倍河原駅前に立つと、現代の住宅地の向こうに多摩川の流れが見えます。しかし、現在は住宅地ですが、ここは地形と交通の条件が重なって古戦場となった場所です。なぜ、この場所が日本史の転換点となったのでしょうか。多摩川と鎌倉方面へ向かう交通路が交わることが、この地の歴史的重要性を高めていました。 元弘3年(1333年)5月、新田義貞率いる反幕
東山道武蔵路は、古代の幹線道路である東山道から分かれ、上野国方面から武蔵国府、現在の府中市方面へ向かった官道です。東京都国分寺市の西国分寺駅近くには、幅約12mの道路跡が歩道形式で保存されており、古代国家が整備した直線道路のスケールを体感できます。武蔵国分寺跡や武蔵国府跡とあわせて歩くと、古代武蔵国の行政と交通の姿が見えてきます。 武蔵野台地を不自然なほど真っ直ぐに貫く道の痕跡——その答えは、13