街を歩いて歴史を読む。地形・道・痕跡から、その土地の物語を掘り起こします。

桜島を背負った日本有数の近代工業施設群 鹿児島中央駅から桜島方面に向かうバスに揺られていると、やがて錦江湾越しに桜島の雄大な姿が見えてきます。その手前、磯海岸沿いに建つ石造りの建物群が目に入る瞬間、多くの人は気づかないかもしれません。ここが日本の近代工業の出発点の一つだったということを。 幕末の薩摩藩主島津斉彬が1850年代に推進した集成館事業は、単なる軍事工場建設を超えた壮大な構想でした。反射炉

一人の代議士が挑んだ国家と資本 田中正造は、足尾銅山の鉱毒問題を訴え続けた末、1901年12月10日に明治天皇への直訴を試みました。足尾銅山の鉱毒問題を訴え続けた代議士が、ついに直訴という禁じ手に踏み切った瞬間でした。なぜ一人の政治家が、国家の近代化を支える銅山に立ち向かい、最後は議員の座を捨ててまで闘い続けたのでしょうか。 正造の生涯を追うと、明治という時代の光と影が見えてきます。富国強兵を掲げ