街を歩いて歴史を読む。地形・道・痕跡から、その土地の物語を掘り起こします。

海だった大阪平野の記憶 梅田の高層ビルから大阪平野を見下ろすと、東西に延びる緑の帯が目に入ります。これが上町台地です。上町台地の東側には、かつて河内湾と呼ばれた内海が広がっていました。この内海は、先史時代から古代にかけて縮小し、河内潟を経て河内湖へと変化し、その後の開発を経て現在の大阪平野へつながっていきました。なぜ大阪は「天下の台所」と呼ばれる商業都市に発展したのでしょうか。その答えは、上町台地
5000年前の都市計画が青森平野に刻んだもの 青森駅から北へ車で15分、三内丸山遺跡に立つと、想像を超えた光景が広がります。直径1メートルの巨大な柱穴が一直線に並び、その先には青森平野が見渡せる。この配置は偶然ではありません。縄文時代中期、この場所には大規模な集落が存在していました。 現在の青森平野を眺めると、三内丸山遺跡がなぜこの場所に築かれたのかを考える手がかりが見えてきます。 では、なぜこれ