街を歩いて歴史を読む。地形・道・痕跡から、その土地の物語を掘り起こします。

最後の戦場に選ばれた山 上野の山を歩いていると、なぜここが、江戸における明治維新の決定的な戦場の一つとなったのか、その理由が地形から見えてきます。JR上野駅から公園に向かう坂道を上がるだけで、この場所の戦略的価値が実感できるでしょう。標高20メートル前後の上野台地は、周囲の低地を見渡しやすい高台でした。しかし彰義隊がこの地を選んだのは、単に地形的優位性だけが理由ではありませんでした。 慶応4年(1

郷中教育とは、薩摩藩で発達した独自の青少年教育制度です。鹿児島では『郷』という地域ごとに、藩士の子どもたちが年齢別の集団に分かれ、年長者が年少者を集団で指導していました。郷中教育は、薩摩本国で地域社会に根ざして行われた教育制度でした。 郷中教育とは、薩摩藩が独自に発達させた青少年教育制度で、年齢別の集団「郷中」を基盤として、年長者が年少者を指導する仕組みでした。江戸詰めの薩摩藩士にも薩摩の教育文化