街を歩いて歴史を読む。地形・道・痕跡から、その土地の物語を掘り起こします。

その日、日本の未来が決まった戦場 慶応4年(1868年)1月3日の夕刻、京都南部の鳥羽・伏見で響いた銃声は、日本の歴史を二つに分けました。旧幕府軍と薩長軍が激突したこの戦いは、わずか4日間で徳川政権に大きな打撃を与え、明治維新への重要な転換点となったのです。しかし、なぜこの場所が日本の未来を左右する戦場となったのでしょうか。 答えは、この地が持つ地理的な必然性にあります。鳥羽・伏見は単なる京都の郊

## 徳川の大軍を阻んだ地形の秘密 上田城跡に立つと、眼下に千曲川が悠々と流れ、その向こうに広がる平野を見渡すことができます。この風景こそ、真田昌幸が徳川軍を2度も撃退した秘密を物語っています。なぜ小さな城が大軍を退けることができたのか。その答えは、昌幸が自然の地形を巧みに読み解