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ツアー完了

加賀百万石の屋敷は、どこへ?

赤門から弥生まで、およそ2km。 今日たどってきたのは、「加賀百万石の屋敷は、どこへ消えたのか」という問いでした。答えは——消えてなくなったのではなく、形を変えて、いまもここにありました。屋敷は東京大学になり、大名の庭は三四郎池として残り、門は赤門として立ち続けています。 そればかりか、この土地は新しいものも生み出しました。大学は世界から人を招き、その足あとは坂の名になり、学生が掘り当てた土器は、一つの時代の名前になりました。 街は、古いものをただ失うのではありません。その上に、新しい時間を重ねていく。本郷は、江戸の大名屋敷の上に、明治の学問を、そして現代の日常を、いくえにも積み重ねてきた町でした。 次にこの街を歩くとき、足もとの高低や、坂の名前に、少しだけ耳をすませてみてください。

歩いた道

1 赤門(旧加賀屋敷御守殿門)2 菊坂3 安田講堂4 三四郎池5 異人坂6 弥生式土器発見の地

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