名護屋城跡(佐賀県唐津市)の写真・外観

名護屋城跡

なごやじょう

佐賀県唐津市城址豊臣秀吉

名護屋城は、肥前国松浦郡名護屋(現在の佐賀県唐津市(旧東松浦郡鎮西町・呼子町)、東松浦郡玄海町)にあった日本の城。太閤豊臣秀吉が文禄の役を始める前に築かせた。名護屋(古くは名久野)は海岸線沿いに細長く広がる松浦郡の北東部の小さな湾内に位置し、中世には松浦党の交易拠点の一つであった。ここにはもともと松浦党の旗頭・波多氏の一族である名護屋氏の居城、垣副城があったが、豊臣秀吉は大陸への進攻を企図した際、ここを前線基地として大掛かりな築城を行った。名護屋城は波戸岬の丘陵(標高約90メートルほど)を中心に170、000平方メートルにわたり築かれた平山城の陣城である。五重天守や御殿が建てられ、周囲約3キロメートル内に120ヵ所ほどの陣屋がおかれた。 城の周囲には城下町が築かれ、最盛期には人口10万人を超えるほど繁栄した。秀吉の死後、大陸侵攻が中止されたために城は廃城となったと考えられており、建物は寺沢広高によって唐津城に移築されたと伝わる。石垣も江戸時代の島原の乱の後に一揆などの立て篭もりを防ぐ目的で要所が破却され、現在は部分が残る。

場所

佐賀県唐津市

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名護屋城跡
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