
元寇防塁(西新地区)
げんこうぼうるい
元寇防塁は、鎌倉時代に北部九州の博多湾沿岸一帯に築かれた石による、蒙古襲来(元寇)に備えて築かれた防塁。弘安の役の際には防塁が築かれたところからは元高麗軍は一切上陸することが出来なかった。1931年(昭和6年)に国の史跡に指定。「元寇防塁」は中山平次郎の命名で、石築地(いしついじ)が本来の呼び名である。西新地区の市街地のやや西の外れ、明治通り防塁交差点を北側に入ったところにある。百道と同じく、文永の役で元軍が上陸し戦場となった地である。築造を担当した国は不明。西新7丁目側は西南学院大学体育館南側の緑地にある。堀を設けて石塁の上部を露出させ、保存展示されている。百道地区と同様、1920年(大正9年)と1969年(昭和44年)に発掘調査が実施された。
場所
福岡県福岡市
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