広村堤防
ひろむらていぼう
和歌山県広川町
広村堤防は、和歌山県有田郡広川町にある防浪堤防。国の史跡に指定されている。広川町には室町時代から堤防が存在したが、現在広村堤防と呼ばれている堤防は、安政元年(1854年)に発生した安政南海地震の後に、濱口梧陵の指揮のもと築造された。後にこの堤防は昭和南海地震の津波の際などにおいて効果を発揮した。広村(現在の広川町)は、湯浅湾の最奥部に位置するため、古くから津波で甚大な被害を受けてきた。室町時代の応永6年(1399年)に豪族畠山氏が紀伊の領主となると、津波対策として、海岸に石垣を築いた。石垣は海面からの高さが一間半(約2.7メートル)、長さが四百間(約727メートル)の堅固なものであった。この石垣はコンクリートで補強され現在も災害対策に活用されている。石垣が造られたことは、広村がその後繁栄した要因の1つといわれている[3]。広村はその後最盛期を迎え、人家が1、700戸に達した。
出典:Wikipedia

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