関宿
せきじゅく
三重県亀山市
関宿は、三重県亀山市にある江戸時代における東海道の宿場の呼称である。現在も、東西追分間の旧東海道沿いに、当時の宿場の古い町並みが残されている。国の「重要伝統的建造物群保存地区」および、旧建設省選定の「日本の道100選」のひとつ。東海道五十三次の47番目の宿場である。古代からの交通の要衝で、壬申の乱の頃に古代三関の一つ「伊勢鈴鹿関」が置かれた。江戸時代も、東の追分からは伊勢別街道、西の追分からは大和街道が分岐する活気ある宿場町であった。東の追分から西の追分までの約1.8キロメートルにわたり、伝統的な町家が200棟以上現存するなど、町並みがよく保存され、重要伝統的建造物群保存地区(昭和59年)と日本の道100選(昭和61年)に選定されている。宿場の名は、愛発の関(越前国)・不破の関(美濃国)とともに「日本三関」に数えられ、670年頃に軍事上の目的で設置された「鈴鹿の関」に由来する。壬申の乱(672年)に大海人皇子(天武天皇)が、鈴鹿の関を閉ざしたことは有名である。
出典:Wikipedia

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