大倉幕府跡
おおくらごしょ
大倉御所、または大蔵御所・大倉幕府(おおくらばくふ)は、鎌倉時代の相模国鎌倉大倉郷、現在の神奈川県鎌倉市二階堂・西御門・雪ノ下3丁目一帯にあった源頼朝の邸宅。1180年(治承4年)から1219年(承久元年)までの39年間、あるいは1225年(嘉禄元年)までの45年間[2]、鎌倉幕府将軍(鎌倉殿)の御所であった。市街地化しているうえ、鎌倉時代初頭の遺構検出面までの深さが3メートルもあるため、大規模ではないが断続的な発掘調査が行われている。発掘調査により、御所の東端は、現在の清泉小学校東辺にあたる東御門川(暗渠化)で、西端は横国大附属鎌倉小学校の校舎と校庭との境(暗渠化した西御門川が流れている)であることがほぼ確定しており、御所を囲む大溝(堀)や大型柱穴列、掘立柱建物跡等の遺構が検出されている。
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