東京都中央区の歴史スポット
東京都中央区ってどんな場所?
中央区は、日本橋を起点とする五街道の出発点として江戸の商業・流通の核を担い、銀座・築地・月島と近代以降の都市整備が重なる地域です。問屋街・魚河岸・外国人居留地跡など商業都市の記憶が街区に残ります。
中央区の歴史景観は、日本橋商業地・銀座外国人居留地・築地魚河岸・月島埋立地という四層が隅田川下流域の低地に分布します。日本橋は1603年に徳川幕府が五街道の起点として定め、江戸期から全国物産の集散地として問屋・両替商・米屋が集積しました。銀座は1872年の大火後に煉瓦街として再建された近代商業街路の原型で、現在も近代建築の遺構が残ります。築地は江戸期に西本願寺の門前として発展し、1935年に魚河岸が日本橋から移転して中央卸売市場が形成されました。月島・晴海は明治・大正期の埋立地として近代工業と下町住宅地が形成されました。
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東京都中央区周辺で巡れる歴史スポットです。

マグロ塚
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一橋大学発祥の地碑
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三十間堀川跡
さんじっけんぼりがわあと
江戸時代に整えられ、京橋川と汐留川を結んで中央通りと昭和通りの間を南北に流れた水路。名称は開削当初の幅が約三十間(約55メートル)だったことに由来するとされる(幅はのちに縮小し、文政11年〈1828〉には十九間ほどになったと伝わる)。戦後、...

三十間堀跡・築石
さんじっけんぼりあと・つきいし
銀座八丁目、御門通りが東京高速道路の下をくぐる付近に、三十間堀の護岸に使われていた築石が案内板とともに保存されている。石は銀座八丁目の護岸跡などから発掘されたもので、埋め立てられて姿を消した三十間堀が確かに存在したことを今に伝える物的な痕跡...

三原橋跡
みはらばしあと
かつて銀座を南北に流れた三十間堀に架かっていた橋の一つ、三原橋の跡。三十間堀の埋め立てにより橋は姿を消したが、「三原橋」の名は交差点名や地下街の名として街に残った。実際の橋の位置は、現在の三原橋交差点(昭和通り×晴海通り)よりやや銀座四丁目...

与謝蕪村居住跡碑
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与謝蕪村旧居・夜半亭跡
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京橋の親柱
きょうばしのおやばしら
かつて京橋川に架かっていた「京橋」の遺構。現存する石造の親柱は明治8年(1875)に2基、大正11年(1922)に1基が造られたもので、現在は京橋三丁目・銀座一丁目に計3基が保存されている。京橋の創架は日本橋とほぼ同じ慶長8年(1603)頃...

日本橋
にほんばし
日本橋(にほんばし)は、東京都中央区の日本橋川に架かる橋、またはこの橋に因む東京都中央区の町丁、および同区北部の広域地名である。日本橋は、東京都中央区の日本橋川に架かる国道の橋である。現在の橋梁は1911年に完成し、国の重要文化財である。ま...

銀座出世地蔵尊
ぎんざしゅっせじぞうそん
銀座三越9階「銀座テラス」の地蔵堂に祀られている石造地蔵菩薩像。明治9年(1876)の『郵便報知新聞』には、文久元年(1861)に三十間堀一丁目付近で古土蔵の修繕中に地中から掘り出されたとする記述が残る。「世に出た(出世した)」など名の由来...
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