横手城

よこてじょう

秋田県横手市

横手城は、出羽国[1] 平鹿郡横手町(現・秋田県横手市城山町)にかつて存在した日本の城である。構造は山城。朝倉城(あさくらじょう)や阿櫻城(あざくらじょう)とも呼ばれる。廃城後に城跡は横手公園として整備されており、模擬天守が建てられている。横手城の築城時期は、諸説ある。戦国時代には、小野寺配下の横手氏・大和田氏・金沢氏が横手城を拠点にして反抗したが、これは鎮圧されている。その後、小野寺氏は横手に本拠を移した。土砂崩れの防止と斜面に敵兵が滑ってよじ登れないようにするために韮(ニラ)を植えたことにちなみ、韮城(にらじょう)とも呼ばれた。江戸時代末期、戊辰戦争の際には、東北地方で佐竹氏は孤軍官軍側につく。陸奥仙台藩と出羽庄内藩の軍勢が戸村義得(大学)の籠城する横手城を攻撃し、慶応4年8月11日(1868年9月26日)の夕方に落城した(横手の戦い)。明治4年(1871年)に廃城となり、明治12年(1879年)には戊辰戦争で戦死した22人の霊を慰めるため、焼け残った城の資材を再利用して本丸跡に秋田神社が建立された。本来の横手城に天守はなかったが、太平洋戦争後の昭和40年(1965年)には郷土資料館と展望台を兼ねて二の丸跡に岡崎城をモデルに模擬天守が建設された。この天守は、東北地方における模擬天守の初見である。

出典:Wikipedia
横手城(秋田県横手市)の写真・外観

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