現地の説明板には、次のように書かれていました。 高橋紹運公並びに勇士の墓 戦国の武将高橋紹運は23歳で岩屋城主となり名将の誉れ高かった。 天正14年(1586) 北上した島津5万の軍と戦い、城兵 763名と共に玉砕した。 時に39歳であった。 紹運以下勇士たちここ二の丸趾に眠る。 辞世歌 流れての末の世遠く埋もれぬ 名をや岩屋の茎の下水
ぷんたぷん