堂崎教会

2026年5月6日

現地の説明板には、次のように書かれていました。 県指定有形文化財 明治6年(1873) キリシタン禁教の高札が下ろされ、信者達は信仰の自由の日を迎えた。それから4年後、五島キリシタン復興の任を帯び、フランス人宣教師フレノー、マルマン両神父が五島を訪れた。 マルマン神父は明治12年堂崎小聖堂を建立し初代主任司祭となった。その後、2代目主任司祭のペルー神父は明治37年用地を拡張し、現在の赤煉瓦造りの新聖堂建築に着工、同41年に完成、長崎西坂で処刑された26聖人の一人で五島出身のヨハネ五島を祈念して 「日本26聖人殉教者聖堂」 と命名された。 外観はイタリアから運ばれた赤煉瓦でゴシック様式に仕上げられ、 内部は木造で色ガラス窓、 コーモリ天井定法どおりの教会堂建築に仕上げ られている。 かつては、五島布教の中枢教会であり、社会奉仕施設や修道院の草分けでもあり、 キリシタン史上からも重要な位置を占める由緒ある教会で ある。

プロフィール画像

ぷんたぷん