益救神社

やくじんじゃ

鹿児島県屋久島町

益救神社は、鹿児島県熊毛郡屋久島町(屋久島)にある神社。創建の由緒は不詳。『日本書紀』舒明天皇元年(629年)4月1日の条には田部連(たべのむらじ)を掖玖(やく、屋久島)に遣わしたとの記事がある。『日本書紀』天武天皇8年(679年)11月23日の条にある種子島へ使者を遣わした記述と比べ、屋久島への使者が50年も早いことから、屋久島が南海航路の目標として重要だったことを裏付けているのではないかと考えられている。8世紀から9世紀初頭にかけて屋久島と種子島が多禰国であった時代は、当社がその一宮であったと伝えられる。延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では大隅国馭謨郡に「益救神社」と記載されたが、これが当社の文献上における初見と言われている。これにより小社に列し、また最も南にある式内社となった。

出典:Wikipedia
益救神社(鹿児島県屋久島町)の写真・外観

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