鹿野城

しかのじょう

鳥取県鳥取市

鹿野城は、鳥取県鳥取市鹿野町鹿野(因幡国気多郡)にあった日本の城(平山城跡)。城の創建年代は不明であるが、因幡の国人領主・志加奴氏(鹿野氏)が居住していたと言われる。1580年(天正8年)羽柴秀吉による第1次鳥取城攻撃の際に織田方の城となり、尼子家の旧臣亀井茲矩が守将となった。茲矩は本能寺の変後に秀吉に仕え、関ヶ原の戦いでは東軍に属して加増され、都合3万8,000石の領主として近世大名となった(鹿野藩)。この過程で、鹿野城は近世城郭へと改築された。1868年(明治元年)、鳥取池田家の支藩(新田藩)である東館新田藩3万石の藩庁が鹿奴(鹿野)陣屋に置かれ、同藩は鹿奴藩の名称で呼ばれることになる。しかし鹿奴藩は鳥取藩に付随する形式上の藩という性格が強く、鹿野に鹿奴藩主が来ることも、鳥取藩から独立した政庁が置かれることもなかった。翌1869年(明治2年)には鹿奴藩はみずから廃藩を行って鳥取藩に吸収された。

鹿野城(鳥取県鳥取市)の写真・外観

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