真田丸跡
さなだまる
大阪府大阪市
真田丸は、1614年(慶長19年)の大坂の陣(冬の陣)において、豊臣方の真田信繁(幸村)が大坂城平野口の南に構築した出城・曲輪(出丸)である。豊臣秀吉が築いた大坂城は上町台地の北端に位置し、三方を猫間川・平野川・大和川・淀川・東横堀川などに守られていたが、真田丸の築かれた地続きとなる南方だけは空堀のみであった。そのため、防御が手薄で大坂城の脆弱部であると思われているが、千田嘉博は「大坂城の最弱部は、上町台地の中央部、真田丸の西のあたりであり、ここは地形の高低差が少なく、惣堀の幅も狭い。信繁は、真田丸という突出部を築くことで、真田丸に敵の注意を引きつけ、大坂城の真の弱点を見逃しやすくした」と述べている。また千田は、真田丸の背後には幅200メートルにもおよぶ深い谷があり、信繁は、真田丸がたとえ落とされたとしても、その谷が大坂城を守りつづけてくれると見越して、この場所に真田丸を築いたと指摘している[1]。この南惣構堀である空堀の東部に設けられた虎口が平野口である。
出典:Wikipedia

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