聖寿寺館

しょうじゅじだて

青森県南部町

聖寿寺館は、青森県三戸郡南部町小向字聖寿寺に所在した日本の城。聖寿寺館は中世の平城で、糠部(三戸)五ヶ城の一つで、三戸城の北4キロメートル、平良ヶ崎城の西方700メートル地点の聖寿寺集落南西丘陵に位置し、館跡の東・北側は幅20メートルの空堀で背後丘陵から切断され、西・南側は比高差20メートル以上の急壁で囲まれている。平良ヶ崎城は政庁、聖寿寺館は居館であったと考えられる。聖寿寺館はもとは三戸城と呼ばれていたが、南部家の菩提寺である聖寿寺がそばにあり、聖寿寺館と呼ばれるようになった。三戸南部氏11代信長から24代晴政までのおよそ200年間居城としたが、天文8年(1539年)6月、家臣赤沼備中の放火により炎上焼失。「祐清私記」によると、南部晴政が家臣赤沼備中の妻女を城中に引き入れたため、備中は晴政を怨んでおり、知行についても家老奥瀬安芸をも恨んでいた等で放火し、奥瀬安芸を斬って逃げたが、下斗米将家は、これを追いかけ、諏訪の平にて赤沼備中を討ち留めたとある。その後、三戸城(留ヶ崎城)築城とともに「本三戸城」と呼ばれようになった。

出典:Wikipedia
聖寿寺館(青森県南部町)の写真・外観

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