刈谷城跡

かりやじょうあと

愛知県刈谷市城址水野忠政佐久間信盛

刈谷城は、三河国碧海郡刈谷(現愛知県刈谷市)にあった日本の城。正しくは「刈屋城」であるが、刈谷市が1950年(昭和25年)4月以降に市制施行してから「刈谷」と表記されるようになった。天文2年(1533年)水野忠政により築城。築城後忠政は本拠地を緒川から刈谷に移しており、徳川家康の生母於大は刈谷城から岡崎の松平広忠に嫁している。明治時代以後城域地は国有化された後、旧士族に払い下げられた。さらに昭和11年(1936年)刈谷町が譲り受け公園として整備されたが戦時中には軍の高射砲陣地が置かれ老松は切り払われ荒廃した。戦後に至り徐々に植栽・公園整備され現在は桜の名所となっている。また旧三の丸には藩校文礼館の流れを汲む刈谷市立亀城小学校および刈谷市郷土資料館(国の登録有形文化財)が建つ。隅櫓や石垣、城門を復元する再整備計画があり、平成31年(2019年)3月24日に刈谷市歴史博物館が開館し、令和2年度(2020年度)以降に隅櫓や石垣の完成が予定されている。

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