
末森城跡
すえもりじょう
末森城は、室町時代末期、現在の愛知県名古屋市千種区にあった日本の城である。縁起の良い名ということで末盛城とも書かれた。天文17年(1548年)、東山丘陵の末端に織田信秀が築城した。三河国松平氏や駿河国今川氏などの侵攻に備えてのもので、実弟織田信光が守る守山城と合わせて東方防御線を構成したものである。信秀は、これまでの居城であった古渡城を放棄し、末森城を居城とした。末森城は、東山丘陵地の末端に位置する標高43メートルの丘に、東西約180メートル、南北約150メートルの規模で築城された平山城である。地形を利用して斜面の中腹に幅10-16メートルの空堀を備えていた。そのうちの内堀北の虎口には、構造的に非常に珍しい「三日月堀」と称される半月形の丸馬出があったらしいが、現在は残っていない。現在でも深さ7メートルほどの空堀跡など、遺構がよく残っている。馬出や総構えの構造が見られることから、現在みられる遺構は1584年頃、当時尾張を支配していた織田信雄が小牧・長久手の戦いに備えて整備したものと考えられている。
場所
愛知県名古屋市
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