忍城 本丸跡

おしじょう

埼玉県行田市

忍城は、武蔵国埼玉郡忍(現在の埼玉県行田市)に存在した日本の城である。室町時代中期の文明年間に成田氏によって築城されたと伝えられており、北を利根川、南を荒川に挟まれた扇状地に点在する広大な沼地と自然堤防を生かした構造となっている[2]。数度の城攻めを受けて、ついに一度も落城しなかった要害堅固な城として知られる。戦国時代には関東七名城の一つ、1590年(天正18年)に豊臣秀吉の小田原征伐に伴い発生した攻城戦の際、豊臣方の水攻めに耐え抜いた逸話から浮き城[2]または亀城と称された。江戸時代に入ると忍藩の藩庁あるいは徳川氏の譜代大名や親藩の居城となり、阿部氏の時代には御三階櫓が新たに建設されるなどの城郭改修や城下町の整備が行われた[1][2]。明治維新後、1871年(明治4年)の廃藩置県と同時に廃城となり、1873年(明治6年)に土塁の一部を残して取り壊されたが[1]、城跡は県指定記念物の旧跡に指定されている。

出典:Wikipedia
忍城 本丸跡(埼玉県行田市)の写真・外観

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