古河城跡

こがじょう

茨城県古河市

古河城は、現在の茨城県古河市(下総国)の渡良瀬川東岸にあった日本の城。室町時代には、古河御陣とも呼ばれ、北朝足利氏の拠点の一つであった。古河公方の本拠となった時期については古河御所(こがごしょ)とも呼ばれる。なお、古河鴻巣の古河公方館も御所と呼ばれるため、混同しないように注意する必要がある。古河城の起源は、平安時代末期あるいは鎌倉時代初期に、下河辺行平が古河の立崎(竜崎)に築いた城館とされている。室町時代には、古河公方・足利成氏が本拠とし、以後、戦国時代の関東における中心の一つとなった。江戸時代には、多くの譜代大名が入れ替わりで城主を務め、近代城郭として整備された。古河藩庁が置かれ、行政機能を担うとともに、将軍の日光社参時の宿として、あるいは江戸城の北方の守りとしても機能した。明治時代初期の廃城令により廃城となり、明治末に開始された渡良瀬川の改修工事により、残された城跡も大半が消滅した。渡良瀬川の堤防上、三国橋と新三国橋の中間付近に「古河城本丸跡」と書かれた石碑と解説版がある(2018年3月設置、以前は標柱のみ)。

出典:Wikipedia
古河城跡(茨城県古河市)の写真・外観

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